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IBMのロゴデザイナー、ポール・ランドの輝かしい経歴と業績を紹介

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本記事は、Paul Rand and the Stories Behind Some of the World’s Most Famous Logos
翻訳・再構成したものです。
配信元または著者の許可を得て配信しています。

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読了時間 : 約5分1秒

20世紀におけるデザイナーの中でポール・ランドはWW2がもうすぐで勃発してしまう頃にビジュアルの文化を築き、現代の企業ロゴに対する考えを定義した人物として言えるでしょう。こちらの記事は彼の逸話となっていて、彼の作ったロゴの秘話も含まれています。

 

ほぼ独学で絵の技術を身につけた

 

彼は1914年に生まれ、若いうちから創造的で絵を描けるだけ描いていた子供だったそうです。ランドの父親は絵で生計なんて立てられないとと考えていましたが、結局はマンハッタンにあるPratt Instituteの夜間クラスに入れてあげました。何年も通った割には、独学で学んでいたそうです。彼はのちに、「Prattで学んだことは何もない。どんなことも自分で学んだのだ」と言いました。

 

初の正式な仕事はEsquireが出しているApparel Artsという有名な男性向けファッション雑誌でした。製品のレイアウトをまずやっていたものの、彼の絵はすぐに表紙を飾ることとなりました。

ポール・ランドによるApparel Artsのカバー

ポール・ランドによるDirectionのカバー

ポール・ランドによるEsquireのカバー

 

ヨーロッパのデザインに強い影響を受けた

 

ランドはヨーロッパに発想を求めた最初のアメリカ人デザイナーでした。イギリスやドイツの商業用ジャーナルから着想を得て、Gebrauchsgraphikという雑誌からCassandreやMoholy-Nagyの技法を学びました。

 

彼はスイスの表現はの1人、ポール・クレーのファンで、クレーから触発されたアイコンやシンボルを描きました。ドイツのバウハウスから発生したモダニスト的な形態や機能についての考えなどもランドの仕事に影響を与えました。彼はコラージュや手書きのフォトグラフィやイラストをよく用いたのです。

 

1941年にはランドはたった27歳でしたが、William H. Weintraub & Companyのチーフアートディレクターとなっていました。宣伝の仕方が変遷していた頃で、ランドは絵を宣伝に使おうという発想を思い当たりました。

 

数々の大企業のロゴを刷新
 

 

1950年頃には、ランドは一番知られている企業ロゴの刷新の段階に入りました。 彼はIBMやABC、UPS、Westinghouse、Enron、neXTのロゴを編み出しました。

 

これからそのロゴができる上がる際の秘話を紹介します。

 

IBM

 

トーマス・ワトソンジュニアが父からIBMを継いだ後、ロゴを刷新するというのが最初の仕事でした。ニューヨークでOlivettiのタイプライターの展示を見に行った後、

 

彼は「良いデザインはビジネスになる」という啓示を受けたそうです。

 

これは会社の教えとなり、ワトソンはつまらないコンピュータ会社のロゴをモダンで繊細、個性的なものにしたくなったそうです。デザイナー兼キュレーターのエリオット・ノイズを雇い、ノイズがポール・ランドを雇ったのです。

IBMロゴの過程

 

IBMもロゴを手かけているとき、はじめのロゴは微妙でした。フォントをまるっきりCityというものに変え、ロゴを固くバランスのあるデザインにしました。書体の形も変え、セリフを伸ばしてみたり、Bを大きめに変更したりしました。

 

しかし、彼はそれでは満足行かず、詳細をとことん敷き詰めるタイプのデザイナーでは直すのに数年かかってしまったことでしょう。

 

「どうしても流れに問題があると思ってしまって、最初から最後までノンストップのリズムのないデザインはダメだと思ったんです。」ランドはそう言い、3文字の不釣り合いが気に入らないのだと説明しました。

 

1972年には、ロゴにストライプを加え、スピード感と躍動感をデザインに与えました。左下には平等を意味する線を加えました。

 

それからIBMのロゴは変わったことがないです。

ポール・ランドの有名なEye-Bee-Mポスターで、写真を使い文字を表現するというデザインを使っています。この技法はIBMのモットーの支えにより、1981年に作られました。

 

Westinghouse

 

1886年に設立された複合企業の電気会社で、エリオット・ノイズが働いていた1959年の頃はジェネラルエレクトリックスのライバル会社でした。

 

ノイズはロゴを刷新する必要性を考え、ここでもまたランドに仕事を与えました。初期デザインの頃はWの字を際立たせていましたが、そこまで奇抜なデザインではありませんでした。すでにあったロゴをモダン化し、円を繋げるというデザインを思いつきました。

Westinghouseのロゴの過程

 

彼のデザインは1960年に発表され、そこから一度も変わっていません。

 

American Broadcasting Corporation (ABC)

 

ABCが設立してから20年はロゴは変わりに変わっていました。最初のロゴはラジオから発想を受け、ABCはそのデザインにTVの文字を入れました。そして地図デザインや円にABCを入れたデザイン、円などのデザインを考えました。1960年には、アメリカの地図のデザインに戻りました。

 

ABCのロゴの過程

 

ポールはテレビ放送が初めて行われた1962年の10月19日にロゴを刷新しました。ランドのデザインは黒い縁に小文字のabcといったもので、サンセリフの書体を使っています。

ポール・ランドのABCのロゴ

 

ここ最近にロゴのアップデートはあったものの、このシンプルさと大胆さはオリジナルに忠実なままです。カラーテレビが普及した1960年頃からちょっとしたリデザインは行われていました。

 

そしてHDTVが普及し始めた2007年にまたリデザインされています。

1960年のABCのカラーロゴ

現在のABCのロゴ

 

UPS

 

UPSのロゴはとてつもなくわかりやすく、あの盾のロゴを知らない人はいないでしょう。

 

地方ライバル会社との合併後の1916年にロゴは完成しています。鷹が盾の前で荷物を抱えているというデザインで、盾は誠実さや信頼を意味します。

 

1937年に会社の成長とともにロゴは変わりました。鷹は取り除かれ、UPSの文字が加えられました。

UPSのロゴの過程

 

1961年には、またリデザインされ、この時にポール・ランドが雇われました。彼は元あったロゴをシンプルにかつダイナミックに変え、元あった盾のデザインの上にリボンがついた荷物をのせました。このデザインは会社の特別性や荷物の運搬業務を意味しているそうです。

 

時は進み、ランドはUPSの会議でこのデザインを紹介しました。他に何もないのかと聞かれたとき、これしかありませんと答えたそうです。

 

2003年まで変えられることはありませんでした。リブランドするためにボウタイをなくし、UPSは配達業だけではないのだということを主張しています。

 

NeXT Computers

 

スティーブ・ジョブズがAppleから追放された後、彼はNeXTというコンピュータを使った高い教育やビジネスをのためのコンピュータを作る会社に移りました。

 

ひとりの従業員の提案により、ジョブズはランドとロゴについて話し合うことにしました。はじめはジョブズはランドにそこまで仕事を与えなかったのですが、ランドは彼の遊びごごろ溢れたロブ・ジャノフが作った1977年のAppleのデザインを好きだという気持ちを奪い取りました。

 

ジョブズの印象とNeXTについての基礎的情報、つまりキューブが特徴という情報しかもちあわせてなかったランドは、ロジカルなデザインを作り出し、NeXTのロゴを編み出しました。さらに100ページにも及ぶプレゼンの本を作り、ジョブズを納得させました。

 

NeXT

 

1993年のジョブズとのインタビューで、ランドと働くのはどうかと聞かれた際に「いくつかのアイデアはあるのかと聞いたとき、彼はいや、ない。自分はあなたにデザインを提供し、あなたは支払うだけでいいのだといったのです。解決策なんかいらないし、選択肢が欲しいのなら他の人と話し合ってくれともいったのです。」

 

 NeXTロゴを編み出した時、ランドは72歳でした。彼はジョブズに1000万円請求しましたが、ジョブズは彼の仕事やプレゼンの本に大変満足したそうです。

 

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