リーナス・ベネディクト・トーバルズ。フィンランド系アメリカ人でプログラマーの彼は、1991年に自身が開発したLinuxカーネルを一般公開しました。オープンソースのUnix系無料オペレーティングシステムとして誕生した彼のLinuxカーネルを皮切りに、これまでに数百種類ものLinuxディストリビューションが開発されてきました。
一般には、そういった後発のオペレーションシステムをも全部ひっくるめてLinuxと呼ばれています。
現在、Linuxは幅広い分野の演算システムに応用され、成長を重ねています。大型汎用機やスパコンから個人のPCに至るまで、様々なデバイスにLinuxが組み込まれているのです。主にGoogleやFacebookに代表されるウェブ界隈の急成長を促してきたことに加え、スーパーコンピュータの世界は完全にLinuxが牛耳って来たと言っても過言ではありません。
事実、スパコンTop500としてランキングされる世界でもっとも高速のスーパーコンピュータ500種は、総じてLinuxが動かしています。トーバルズはその業績に対し、多くの章を受賞してきました。
今回は、このリーナス・トーバルズの人生、キャリアに関する興味深い事実をご紹介します。メディア情報から集めたエピソードも加えて、きっと新しいトーバルズの素顔に迫れるはずです。既にトーバルズマニアな方も、まだ彼についてよく知らない方も、何かしら得られる内容になっているはずなのでぜひチェックしてみてください。
1. ノーベル化学賞受賞に因んで命名される
トーバルズは、化学者のライナス・カール・ポーリングにあやかって同じ綴りのファーストネームを授かりました。ポーリングは、1954年にノーベル化学賞、さらに1962年にはノーベル平和賞を受賞しました。ノーベル賞を個人で複数回受賞した偉大な4人の人物の内の1人です。
Linus: Nobel Laureate and comic character
しかしながらトーバルズ自身は、自分のファーストネームはアメリカの漫画ピーナッツの登場人物に因んだものだと考えています。つまり彼は、半分「安心毛布キャラ」であり、半分「ノーベル賞受賞者」でもあると言えるわけですね。
2. 「トーバルズ」は珍しい姓
トーバルズ姓を持つ人は、世界でも30人足らずしか存在しません。リーナス・トーバルズ自身が語った話によれば、彼の父方の祖父がトーバルドという苗字の最後に「s」を付けてトーバルズに改名したのだそうです。
おそらく、この「おじいちゃん」が家族と仲が悪かったのが理由ではないかとの事で、今居るトーバルズ姓の人物は全員彼の後裔にあたります。コンピューター業界でもっとも有名な姓のひとつが、たった2世代前までしか辿れない新しい苗字だというのも面白い話ですね。
3. 初めてのコンピューター
VIC-20 mainboard
彼は10歳のとき、初めてコンピューターと出会いました。それは8ビットの家庭用コンピューター、VIC-20という機種でした。スタティックRAMはたった5KB。搭載されていたCPUは、MOS6502でした。
4. 軍では少尉だった
今も昔もコンピューターっ子のトーバルズですが、徴兵制を敷くフィンランドでは11ヶ月の兵役義務を果たした過去があるのです。彼が陸軍では少尉だったなんて、意外ですよね。
5. 自らアセンブラーやゲームを開発
トーバルズは早くからプログラミングに対して興味を持っていました。自分のSinclair QL 用にオペレーティングシステムを構築したこともあります。当時フィンランドでソフトウェアを手に入れるのは大変困難だったので、自作のアセンブラーやエディターを駆使して開発に励みました。ゲームもいくつか創っています。その中には「クール・マン」と称するパックマンにそっくりなゲームもあリました。
6. 修士論文
トーバルズが初めてUNIXについて学んだのが1990年。彼がMicroVAXというDigital Equipment Corporation製の低価格コンピューターを使っていた頃の事です。MicroVAXには、もともとUltrixという名前のUnixオペレーティングシステムが搭載されていました。
その次に購入したのが、インテルのi386をベースにした32ビットCPU搭載のIBM PCクローンでした。これを使ってトーバルズは、新しいオペレーティングシステムの開発を始めたのです。一年後、彼は修士論文のタイトルを「Linux : ポータブル・オペレーティング・システム」と題して提出しました。
7. Freaxと名付けるつもりだった
開発当初、トーバルズは自身の発明に対してFreaxというネーミングを温めていました。自由のFreeと変わり種を意味するFreak、そしてUnixを意識したXの文字を組み合わせたアイデアです。
実際、Freaxの商品名で約半年間ファイルを販売していたこともあります。しかし、FTPサーバーの有志管理者の1人であったアリ・レムケという人物がこのネーミングを気に入らず、トーバルズの同意も得ないままサーバー上でプロジェクト名をLinuxと命名してしまいました。
後になって、結局はトーバルズもこのネーミングを気に入った訳ですが。
8. 狙われたLinuxの商標権
1994年から1995年の間に、国籍の異なる何人かの人物が「Linux」の商標登録を試みました。Linuxの成長に目を付け、商標使用者から利益を得ようと考えたのです。この動きには、トーバルズも黙っていませんでした。彼はLinux Internationalの助けを借りてこの手の勢力を押さえ込みました。そして、Linuxの商標を保護する権利を勝ち取ったのです。
こうしてLinuxの商標権は、非営利団体 Linux Mark Institute の管理下で護られる事になります。2000年には、トーバルズはライセンス委託のための明確なルールを取り決めました。現在、Linuxの名称を使って製品やサービスを提供する場合は誰でも、ライセンス使用料を支払う必要があります。
9. トーバルズのマスコット
こちらはペンギンのタックス(Tux)くん。トーバルズのマスコットであり、Linuxカーネルのロゴとしても活躍してきました。この体格の良いペンギンの絵柄はオープンソースイメージなので、所有権は誰のものでもありません。もともとは1996年にラリー・ユーイングがデザインし、リーナス・トーバルズが手を加えたものです。
10. 奥様は元教え子
1993年、トーバルズはヘルシンキ大学でコンピューターの基礎クラスを受け持っていました。ある日の講義で学生たちは、トーバルズ宛にeメールをテスト送信するように指示されました。当時は、eメールの作成が大学の授業の課題として取り扱われる事もあったのです。
これに対し、1人の学生が送ったメールには、トーバルズをデートに誘うメッセージが書かれていました。送信者の名は、トーベ・モニ。いろいろあって数年後、2人は結婚し3人の娘に恵まれました。Linuxカーネルのrebootシステムコールは、16進法に置き換えた彼女らの誕生日をマジック値として受け入れる仕様になっています。
11. スティーブ・ジョブズが欲しがった男
2000年。AppleのCEOスティーブ・ジョブズは、トーバルズを当時の本社であるクパチーノのアップル・キャンパスに招き雇用契約を持ちかけました。ジョブズはトーバルズにAppleで働く事で、Linuxプロジェクトからは手を引いて欲しいと考えたのです。
トーバルズはこの申し出を断り、Linux開発を続けました。何しろ彼は、Mac OSが採用したマイクロカーネルであるMachを嫌っていたのです。当時のAppleは、Mac OS Xに莫大な投資をしていた頃です。OS Xは、後のiPhoneやiPad開発の基礎となり現在に至ります。
12. 彼の名を冠した小惑星が存在する
Linux OSは、Spasewatchをはじめとする多くの小惑星調査プロジェクトに採用され、そのデータ収集や解析に貢献してきました。小惑星9793トーバルズは1996年、偉大なLinux開発者である彼に敬意を表して命名されました。
また2003年には、小惑星の衛星であるリーナスが彼の名前に因んで命名されました。衛星リーナスは、M型小惑星カリオペ(22 Kalliope)の軌道を回っています。こうして、漫画ピーナッツの主要キャラクターであるライナス・ファン・ペルトにも敬意が表される形となりました。
13. 他にもある!トーバルズの創造物
Git : トーバルズが開発したGitは、ソースコードなどの変更履歴を記録・追跡するための分散型のバージョン管理システムです。
2005年まで、LinuxカーネルにはBitKeeperという名前のバージョン管理ソフトウェアが採用されていました。
BitKeepeが無料提供を終了したので、トーバルズは独自のフリーソフトウェアであるGitを開発し、プログラマーが様々なファイルセットの変更履歴を追ってソースコードを管理できるようにしたのです。
Subsurface : トーバルスはスキューバダイビングを趣味にしています。
彼はこの趣味のために、ダイビングの記録と計画が管理できるプログラムSubsurfaceを作製しました。ダイバーたちはSubsurfaceを使って自身の活動記録を保管できるのはもちろん、そのデータをグラフや表にして確認する事も可能です。
14. C++が苦手
リーナス・トーバルズは、開発者たちが集う情報メーリングリスト上に「C++は恐ろしい言語である」という趣旨のメッセージを投稿しました。曰く、「BoostやSTLなどのC++のライブラリ機能は脆弱で信用できない。せっかく優れた機能を使おうとしてもこの欠陥のせいで、開発者はアプリの作り直しを迫られる事になる。
そして欠陥に気づく頃にはもう、そのプログラムはC++に頼りすぎている。」との事。この指摘に対しては、多くの反論が寄せられました。多くの企業がC++の利点はその欠点を補って余りあると解釈しているため、今のところ彼のせいでC++がなくなってしまう事はないでしょう。
15. ソーシャルメディアは嫌い
トーバルズはTwitterやFacebook、Instagramといった現代のソーシャルメディアがあまり好きではありません。ロバート・ヤングからのインタビューを受け、トーバルズはソーシャルメディアは一種の病気であり、悪い習慣を引き起こしているかのように見えると語っています。
トーバルズにとっては、Google Plusだけが唯一利用したことのあるソーシャルメディアプラットフォームです。彼はしばらくガジェットレビューを公開するなどのコンテンツ発信をしていました。
16. プログラマーの間では「感じ悪い」ってよく言われる
トーバルズの口の悪さは有名です。Linuxカーネルのメーリングリスト上ではもちろん、多くの公開ディベートの際にも、カーネル主催のディスカッションにおいても数々の武勇伝が残っています。
頭脳明晰でユーモアがあり、決して悪い人間ではないトーバルズ。しかし、一緒に働く開発者の仕事がひとたび彼の欲する高いクオリティを満たせない状況となると、容赦しないのです。技術的な議論だったはずの会話が次第に感情的になり、完全な罵り合いの口喧嘩に転じてしまうという現象が、トーバルズの周辺では時々確認されます。
17. プログラマー引退か
Linuxカーネルには2,800万ほどものコードから成るGitデータベースが含まれますが、トーバルスが書いたのはその内の1パーセントにも満たないのです。彼が作製したのは大部分が、スケジューラーやメモリ管理、システムコールの連結といった基本機能です。2020年現在、eメールドメイン別に見た1番の開発貢献者はIntelとRed Hatだと言えます。
近頃のトーバルズはコード管理と修正作業を行なってはいるものの、開発そのものには携わっていません。その作業の多くは、他の開発者が作成した小さなコードプログラムの結合作業です。彼は今や、どの機能を自身のカーネルに組み込むべきかの判断を下す最高責任者という立場に居るのです。
18. トーバルズの純資産
彼の純資産や年収を割り出すのは極めて困難です。彼は、これまで決してこの手の情報を公開してこなかったからです。参考になる材料として、Linuxベースのソフトウェアの開発を牽引した2つの主力開発プログラムVA LinuxとRed Hatが、1999年にトーバルズに株式を譲渡するというできごとがありました。
どちらの企業も同年に株式公開しており、リーナスが所有する株価は一時2,000万ドルにまで急騰しました。
19. 名言
GNU Emacsにどれだけ猿真似コードを打ち込んだところで、いいプログラムなど作れっこない。
知性とは、めんどくささを回避する能力のこと。その結果、作業が完了しない事だって起こりうる。
技術的でない質問には、答えが存在しないってこともある。
自分もMicrosoft関連のジョークを言っちゃうんだけど、Microsoftを悪く言うのって癖になるよね。
20. 受賞歴と報道
トーバルズは数々の名誉ある賞を受賞してきました。
2018年、IEEE井深大コンシューマーエレクトロニクス賞を受賞。2014年には、IEEEコンピュータパイオニア賞。2012年にはインターネットの殿堂入りを果たし、2005年にはハワード・ヴォラム賞を受賞しています。
さらに、2004年にはTime誌によって世界で最も影響力のある1人として取り上げられ、2006年には、過去60年の中で革命をもたらした英雄の1人として数えられもしました。2010年、ブリタニカ百科事典には、史上最も影響力を持つ発明家100人の内の1人として挙げられています。