「NEMS」(NanoElectroMechanical System【ナノ電気機械システム】の略)は、電気的・機械的機能をナノスケール(100ナノメートル以下)で統合したデバイスです。
通常1~100ナノメートルの部品を扱う「MEMS」(MicroElectroMechanical System【微小電気機械システム】の略)に次ぐ小型化の先進的なレベルです。
NEMSには魅力的な特性がいくつかあります。マイクロ波領域の基本周波数、アトニュートン【力の単位】・レベルの力感度、ヨクトカロリー【熱量の単位】をはるかに下回る熱容量、フェムトグラム領域の活性質量、個々の分子のレベルの質量感受性など、数え上げればきりがありません。
NEMSには主に、アクチュエーター【作動装置】、センサー、共振器、ビーム、モーターといった装置が含まれます。これらの機器は、あるエネルギーの形を別の形に変え、それを簡単に測定・利用することができます。
NEMSの初期の例
最初のNEMSは、1960年にベル研究所のダウォン・カーン【朝鮮系アメリカ人の電気工学者】とモハメド・M・アタラ【エジプト系アメリカ人のエンジニア】によって作られました。それは、ゲート酸化膜の厚さが100nmのMOSFET(金属-酸化膜-半導体電界効果トランジスタ)というものでした。
その2年後には、厚さ10nmの金薄膜を含むナノ層ベース金属半導体接合トランジスタの作製に成功しました。しかし、10nmのゲート酸化膜を持つMOSFETが初めて登場したのは1987年でした。
MOSFETのボディ(B)、ソース(S)、ゲート(G)、ドレイン(D)端子を示す図。
1989年のマルチゲートMOSFETの発明により、インテル、IBM、AMD、サムスン電子など複数の企業がマイクロプロセッサーやメモリセル【半導体メモリにおいて情報を記憶、読み書きする最小単位となる回路構成】の小型化を実現できました。
VLSI(超大規模集積回路)プロセスにより、1つのチップに数百万個のMOSトランジスタを組み合わせることが可能になりました。この集積回路は1970年代に広く採用され、複雑な半導体や通信技術の開発が可能になったのです。
CPU、GPU、RAM、ROMなどのグルー・ロジック【複数の集積回路を相互に接続する際に、外付けする論理回路】はすべてVLSIデバイスです。VLSIプロセスが発明される以前は、ほとんどの集積回路は限られたタスクしかこなすことができませんでした。
100万個以上のトランジスタを搭載した80486マイクロプロセッサー(1990年代以降)
MOSFETは、今や現代の電子機器の基本的な構成要素であると考えられています。1960年代以降、集積回路のトランジスタ密度向上、性能向上、消費電力低減に大きく貢献してきました。
また、MOSFETは歴史上最も多く製造されたデバイスのひとつでもあります。2018年現在、約13垓(13千兆)個のMOSFETが製造されています。
NEMSデバイスはどのように製造されるのか?
NEMSは、2つの相補的な方法で製造することができます:
トップダウン式の方法: 電子ビームや光ビームによるリソグラフィーや熱処理など、従来の微細加工技術を使用してデバイスを製造します。この方法では、得られる構造をより詳細に制御できますが、使用する技術の解像度によって制限されます。
この方法では、出発材料はシリコン結晶のような比較的大きな構造物です。一般に、エッチングした半導体層や金属薄膜を使用して、ナノロッド、ナノワイヤ、パターン化したナノ構造などのNEMSデバイスを作製します。
場合によっては、大きな材料をナノメートルサイズに粉砕して表面積と体積の比を大きくし、最終的にナノ材料の反応性を高めることもあります。アーク炉でグラファイトを使用したカーボンナノチューブの製造工程は、トップダウン式の方法の好例です。
ボトムアップ式の方法:分子の化学的特性を利用して、分子を目的の立体構造に組織化したり、組み立てたりするものです。この方法は、分子認識(2つ以上の分子間の特定の相互作用)または分子自己組織化(外部からの指示なし)の概念に依存しています。
製造プロセスの制御には限界がありますが、トップダウン式の方法と比較して、多くの材料を無駄にすることなく、はるかに小さな構造を構築することができます。
ボトムアップ式の方法は、自然界でも見られます。例えば、生物系は化学的な力を利用して、生命維持に必要な細胞構造を作り出しています。研究者たちは、このような自然の振る舞いを真似て、ある原子のクラスターを作り、自己組織化して有用な構造を作り出そうとします。
このような方法の好例として、金属触媒を用いた重合技術によるカーボンナノチューブの製造が挙げられます。
NEMSを作るために用いられる材料
1. ポリジメチルシロキサン
ポリジメチルシロキサンは、シリコン系有機ポリマーの中で最も多く使用されています。このシリコンエラストマーは、そのユニークな特性で知られています。熱的に安定で、化学的に不活性で、機械的に構成可能で、光学的に透明で、一般に無毒で、不活性で不燃性です。
ポリジメチルシロキサンはシリコンとの密閉性が高いため、NEMSに組み込んで電気的・機械的特性を設定することが可能です。その接着力は、シリコンと比較して湿度の高い環境下でも優れた性能を発揮し、摩擦係数も低くなっています。
ポリジメチルシロキサンは、摩擦係数が低く、疎水性が高いため、NEMSの研究に最適な材料と言えます。また、時間効率がよく、安価に製造できることから、NEMS技術においても注目されています。
ポリジメチルシロキサンの光、熱、放射線による劣化速度は、適切な梱包と良好な経時安定性によって遅らせることができるという研究結果が出ています。
2.炭素系材料
走査型トンネル顕微鏡による単層カーボンナノチューブの写真
出典:NIST
炭素同素体、特にグラフェンとカーボンナノチューブは、NEMS技術に広く使用されています。その特性は、NEMSの要件を直接的に満たしています。例えば、炭素同素体の半導体および金属導電率は、トランジスタとして動作させることを可能にします。
炭素同素体の機械的な利点に加え、グラフェンやカーボンナノチューブの電気的特性により、NEMSのいくつかの部品に使用することができます。グラフェンやカーボンナノチューブの物理的強度は、より高い応力要求を満たすことができるため、NEMSの技術開発で主に使用されています。
グラフェンNEMSが質量センサーや力センサーとして動作するのに対し、カーボンナノチューブNEMSは、ナノモーター(ピコニュートンほどの力を発生する)、スイッチ、高周波発振器に広く活用されています。
3.生体機械
癌と闘うナノロボットのイメージ図
筋肉の収縮を司るミオシンに代表される生体機械は、細胞内で最も複雑な高分子機械であり、通常は複数のタンパク質からなる複合体の形で存在します。
その中には、エネルギー生産に関わるものや、遺伝子発現に関わるものがあります。これらは、ナノ医療において重要な役割を果たすかもしれません。例えば、腫瘍細胞の検出や破壊に利用できるかもしれないのです。
分子ナノテクノロジーは、ナノテクの新分野で、原子スケールで物質を再配列する生体機械の工学的可能性を追求するものです。BioNEMSには、生物医学/ロボット応用のための生物学的および合成構造要素(ナノスケールサイズ)が含まれます。例えば、ナノロボットは、体内に注入して感染症を特定し、修復することができます。
ナノロボットや分子アセンブラ【環境中の原子を材料として分子を組み立てる想像上の機械】など、BioNEMSの提案する要素は現在の能力をはるかに超えていますが、いくつかの研究により、将来の応用に向けて有望な結果が得られています。
応用
NEMSは、マイクロスケールの技術では現在実現不可能な方法で、生命科学と工学を融合させる、実現可能な技術として機能します。様々な産業に大きな影響を与えるでしょう:
半導体産業:最も広く使われている半導体デバイスはMOSFETで、全トランジスタの99.9%を占めています。CPUやDRAMデバイスのトランジスタのゲート長を考えると、集積回路の臨界長スケールはすでに50ナノメートル以下になっています。最近のシリコンMOSFETは、10nmや7nmのプロセスを利用したフィン電界効果トランジスタをベースにしています。
自動車分野:ナノシート、ナノファイバー、ナノチューブ、ナノワイヤ、ナノロッドなどのナノ材料は、自動車分野でいくつかの利点を提供します。たとえば、ナノ添加剤は、タイヤの寿命を大幅に改善し、耐摩耗性、転がり抵抗、ウェット走行を向上させることができます。また、NEMSは、次世代の水素自動車の燃料電池の性能を向上させる鍵にもなります。
通信:グラフェン共振器を含むNEMS共振器は、ユニークな機械的特性(高共振周波数と高周波同調性を可能にする)により、将来の超高速通信システムの有望な基盤となっています。しかし、この分野の開発のほとんどは、現在、理論モデル、シミュレーション、およびラボ実験に限定されています。
圧電NEMS共振器のためのグラフェン電極
画像出典:ノースイースタン大学
医療分野:NEMSセンサーは、水位、グルコースレベル、様々なタンパク質やイオンの存在など、患者のデータを検出・監視します。これらのセンサーは、ヒトのアルブミンからβ2-ミクログロブリンまで、特定のタンパク質を識別するように構成することができます。また、モニタリングだけでなく、大きさの異なる細胞を分離し、マイクロ流体システムでの目詰まりを防止することも可能です。
エネルギーの貯蔵と生産:ナノテクノロジーは、リチウムイオン電池の寿命と性能を向上させる大きな可能性を秘めています。また、電池の安定性や安全性を向上させながら、電力密度の向上、充電時間の短縮、重量やサイズの低減を実現する可能性もあります。
さらに、ガルバニック電池や燃料電池のようなナノスケールの電気化学デバイスを使って、エネルギーを生産する研究も進んでいます。これは、生体内の血中グルコースから電力を取り出すバイオ・ナノ発電機です(身体が食物からエネルギーを生み出すのと同じです)。
また、従来の平面シリコン太陽電池よりも効率的で安価な太陽電池を開発することを目的として、いくつかのナノ構造材料、特にナノワイヤの研究も行われています。
世界市場と将来
現在のNEMSデバイスの市場は、黎明期にあります。ナノピンセット、ナノレゾネーター、ジャイロスコープ、ナノセンサー、ナノロボット、その他の極小部品に分類されています。
今後数年間は堅調な成長が見込まれますが、これはNEMSの利点である高い共振周波数、低エネルギー消費、1チップでの複数周波数、集積回路のサイズとコスト削減などに起因しています。
ナノ材料やナノテクノロジーの分野での研究開発が進んでいます。報告によると、世界のNEMS市場は年平均成長率29%で成長すると予想されています。2022年には1億888万ドルに達し、北米が市場をリードしています。
よくある質問
MEMSとNEMSの違いは何ですか?
MEMSは、1μmから100μmの大きさの部品で構成されています。MEMSデバイスは通常、中央処理装置(マイクロプロセッサーなど)と周囲と相互作用する複数の部品(マイクロセンサーなど)を含んでいます。
一方、NEMSは、MEMSの次の小型化のステップとなるものです。このデバイスは、機械的・電気的機能をナノスケール(厳密には1~100nm)で統合しています。
NEMSの主な利点は何ですか?
NEMSは、先行するMEMSとは大きく異なる、ユニークで興味深い特性を持っています。例えば、次のような特徴があります:
・基本周波数がマイクロ波領域(約100GHz)である
・フェムトグラム領域(10のマイナス15乗g)の有効質量
・アトグラムレベル(10のマイナス18乗g)の質量感度
・アトニュートンレベル(10のマイナス18乗ニュートン)の力感度
・ヨクトカロリー(4.184×10の24乗J)をはるかに下回る熱容量
・10アトワット(10のマイナス18乗ワット)ほどの消費電力
・低エネルギー損失
・1平方センチメートルあたり1,012個に迫る超高集積度
ナノセンサーは何からできているのですか?
ナノセンサーは、ナノチューブやナノワイヤなどの一次元のナノ材料でできています。
これらの小さなデバイスは、体積、濃度、温度、圧力、または電気や磁力などの物理的特性を測定します。最も一般的なナノセンサーの読み出しには、機械的、振動的、光学的、または電磁的なものがあります。