・これまでコンピュータシミュレーションでしか観測できなかった分子の振動モードを、研究者たちが画像化しました。
・研究者は、チップ増強ラマン分光法を用いて、振動する分子のスナップショットを撮りました。
標準的な光学顕微鏡では、数百ナノメートルまでしか画像化できず、原子の動きを追うには十分ではありません。しかし、近年の光学技術や電子顕微鏡の進歩により、1ナノメートル以下の分解能で、分子の内部構造を観察することが可能になりました。
このたび、ニュージーランドのビクトリア大学ウェリントン校の研究者達は、チップ増強ラマン分光法と呼ばれる先端技術を用い、オングストロームスケール(0.1ナノメートル)の分解能を達成しました。これにより、これまでコンピューターシミュレーションでしか観測できなかった分子の振動モードが明らかになりました。
具体的に言うと、分子内の振動スペクトルを記録し、通常モードの写真を取得し、分子内の電荷と振動駆動電流を原子レベルで解析したのです。この発見は、原子レベルの近接場における光学の理想的なモデルを提供するものです。
振動エネルギーの測定
分子の振動運動は、すべての原子が同じ振動数で振動するいくつかの振動パターン(通常モードと呼ばれる)の線形的な重ね合わせとして定式化することができます。これらの通常モードは特定のエネルギー値があります。
振動エネルギーを測定するためには、分子がどのように光を吸収し、どのように散乱するかを分析することが重要です。このような分析は、通常、赤外分光法、ラマン分光法などで行われます。
ラマン分光法では、可視光レーザーを用いて分子の振動を促します。レーザーから発生する入射光は、散乱光よりも高いエネルギーを持っています。このとき失われるエネルギー(ラマンシフト)が、振動モードのエネルギーに相当します。
ラマンスペクトル(ラマンシフトと散乱光強度のグラフ)は、分子の振動エネルギーを示すもので、分子を検出する時にも利用できます。通常、振動エネルギーは25~500ミリ電子ボルトの範囲です。
しかし、ラマン分光法では、振動する分子の運動のエネルギーと一般的な対称性しか測定できません。そこで研究チームは、チップ増強ラマン分光法(TERS)という、かなり高度な方法を用いました。
TERSは、金や銅でコーティングされた極めて鋭い点(ナノレベルの大きさよりも鋭い点)でのみラマン散乱の増強が起こるという、表面増強ラマン分光法(SERS)の特殊な方法です。
振動する分子のスナップショット
これは、原子レベルで鋭利な金属チップを、分子の上にオングストローム単位の精度で設置する技術です。レーザー光をチップの頂点に照射すると、その位置でのラマン散乱が劇的に増強され、分子のSERSスペクトルを測定することができます。
研究者提供
ある振動モードについて、散乱光強度が位置によって変化し、青色は低強度領域、赤色は高強度領域を示しています(図b)。このように、これまでにない分解能で、分子の内部構造だけでなく、各振動モードのスナップショットも見ることができるのです。
この実験は、超低温(6K)と超高真空で行われました。また、分子と基板の特殊な組み合わせにより、オングストロームスケールの分解能を実現し、分子の振動モードを画像化することに成功しました。