「窒化チタン」は、非金属元素(窒素)が遷移金属元素(チタン)と化合物を形成する耐火金属【熱と摩耗に非常に強い金属】の一群に属しています。褐色の金属化合物で、コーティングとして塗布すると金色に見えます。
物理的にも化学的にも独特な特性を持っています。たとえば、高い化学的安定性、耐食性、高い機械的硬度、高温耐久性など、貴金属よりも優れた特性を示します。
こういった優れた特性により、窒化チタンは幅広い産業分野で使用されています。特に、優れた耐摩耗性は、高性能なコーティング材料として最適です。
窒化チタンの物性
化学式:TiN【以下、窒化チタンを「TiN」と表記します】
分子量:61.87g/mol
融点:2947℃
最高使用温度:500℃
コーティングの厚さ:1~5ミクロン
腐食性:400℃までの耐酸化性
TiNは主にコーティング材として使用されます。鋼、超硬合金、アルミニウム部品、チタン合金などに薄いコーティング(通常5ミクロン以下)を施すことで、基材の表面特性を向上させます。また、医療用インプラントの無害な外装材としても利用されています。
TiNの生成方法
自然の形で発生するTiNは非常に少量です。これは、Osborniteと呼ばれる隕石に見られます。天然のTiNの結晶は、黄金色の八面体で、砕けやすく、酸にも溶けません。
TiNの合成には何十もの方法がありますが、その中でも代表的な3つを紹介します。
1. 物理的気相成長法
チタンの金属粉末と窒素ガスを高温で化学反応させると、純粋なTiNの粉末が得られます。この反応にはいくつかのバリエーションがあり、その中に物理的気相成長法があります。
一つのバリエーションでは、たとえば、チタン化合物が窒素プラズマ中で気化されます。別のバリエーションでは、チタン金属は、窒素下での電子ビーム蒸発または低圧スパッタリング【薄膜材料を加熱,蒸発させるかわりに,イオン銃やグロー放電などで発生させた高速イオンを薄膜材料に照射し,イオン衝突で蒸発させる方法】のいずれかによって気化されます。いずれの場合も、500℃に加熱された高温の基板上に、TiNの薄膜が成膜されます。
2. 非熱的プラズマ法
アンモニア(NH3)と四塩化チタン(TiCl4)の反応を利用して,1000℃に加熱した基板上に化学気相成長法でTiNの薄膜を成膜します。この技術は、連続フローの非熱的プラズマ法に基づいており、これにより自立したTiNナノ粒子が形成されます。
3. マグネシウム粉末と塩化アンモニウムの使用
ナノ結晶TiNは、オートクレーブ【高圧蒸気滅菌器】を用いて650℃の温度で、金属マグネシウムパワーと塩化アンモニウムおよび二酸化チタンを反応させることによっても、簡便に調製することができます。この反応では、平均直径30ナノメートルの立方体のTiNが得られます。これは、空気中で350℃以下の熱安定性と耐酸化性を有しています。
物理的・化学的特性
TiNは、コーティングされた状態では暗めの金色に見えます。室温での密度は5.2g/㎤で、ガラスの約2倍ですが、多くの金属に比べると低い値です。
TiNは、研磨剤に使われるコランダム(酸化アルミニウムの結晶からなる鉱物)に比べて非常に硬く、そのビッカース硬度【物質の硬さを表す尺度の一つ】は1800~2400です。また、鉄に匹敵する電気伝導率を持ち、超伝導転移温度は-267.55℃です。
TiNは水に溶けません。500℃以上になると、通常の大気中でチタン酸化物を形成し始めます。
TiNは20℃では化学的に安定していますが、室内実験では、温度が上昇すると濃厚な酸の溶液に徐々に溶解していきます。また、高温の塩基にも侵されます。
TiNは150℃以下で超伝導になります。薄膜のTiNは、魅力的な超電導特性を有しており、たとえば、絶対零度に近い温度まで冷却しても、ある閾値以下になると抵抗値が10万倍にも激増します。
弾性率:600GPa
剛性率:240GPa
TiNは、主に加工面に2~5ミクロンの厚さでコーティングされます。コーティングの厚さには、材料の種類、工具の形状、外部環境など、様々なパラメータが影響します。
TiNは、基材を適切に洗浄し、コーティング処理を適切に実行する限り、優れた接着性を示します。摩擦係数は、コーティングが擦れる素材によって異なりますが、スチール合金の場合は約0.6です。
生体適合性に関しては、TiNは血液、骨、組織、体液に反応しないため、医療、歯科、食品用途に適しています。
用途
TiNには、以下のような幅広い用途があります。
・耐摩耗性や装飾性に優れた「金のような」コーティングの前駆体
・金属の無酸素鋳造用るつぼの材料
・特殊な耐火物やサーメット【ceramic(陶器)とmetal(金属)との合成語】の成分
TiNコーティングは、その驚異的な耐摩耗性、耐熱性、耐腐食性、高硬度のため、何千もの用途があります。通常は、化学的気相成長法や物理的気相成長法で成膜されます。
TiNコーティングは、タップ、ドリル、リーマー、エンドミル、ダブテール、パンチング・フォーミングツールなど、あらゆる種類の工具に適用できます。また、T15、M2、M4、高速度鋼、ステンレス鋼、超硬合金など、様々な素材に対応します。
コーティングは、未コーティングの工具に比べて、工具の寿命を最大で7倍も向上させます。潤滑性を高め、摩擦を減らし、金型の摺動部の焼きつきを最小限に抑えることができます。
また、金の宝飾品、オートバイや自転車のフォーク、自動車のトリム(装飾用)などにも採用されています。
TiNは、金属ほどではないものの、電気を通す性質があります。一般的な金属と異なり、シリコンマイクロチップに拡散することはありません。そのため、(金属の接点とシリコンの間にある)TiNの薄い層は、電流を通しながらもチップの損傷を防ぐバリアの役割を果たします。
いくつかの研究では、TiNを使用してリチウムイオン電池用の高性能アノード【外部回路から電流が流れ込む電極】を製造できることが示されています。TiNでコーティングされたシリコンナノ粒子は、この役割に有望です。この材料は、多くの充放電サイクルにおいて安定した性能と優れた効率を示します。
黄金色のTiNコーティングを施した人工膝関節|出典:MDPI
優れた血液適合性と本質的な生体適合性により、TiN膜は、股関節用金属、心臓弁置換用金属、歯科補綴物などの医療機器にも適用されています。チタン製インプラントの表面には、耐食性や耐摩耗性を向上させるためにスズ層が製造されています。
TiNコーティングの市場規模
Emergen Research社によると、TiNコーティング市場は2018年までに82.9億ドルに達すると予測されており、2021年から2028年までの年平均成長率は8%です。
この市場の成長は、射出成形機や高品質な工具、化学、印刷、自動車などの多くの最終用途の需要の増加に支えられています。TiN市場の成長は、外科手術用機器や食品加工用機器の開発における耐腐食性コーティングや材料の要求の高まりにも大きく依存しています。
しかしながら、TiNコーティングの不均一な価格設定や、代替のコーティング技術の利用が、予測期間中の成長を抑制する可能性があります。
2020年には、アジア太平洋地域が26.3%のシェアで世界のTiNコーティング市場を独占しました。日本と中国は、国内の政策、技術の進歩、専用の研究開発施設への多額の投資により、この市場の最も顕著な国となっています。
また、アフリカと中東では、この地域での産業活動や研究の増加により、予測期間中にかなりの成長率で拡大すると予想されています。
よくある質問
TiNの薄膜はどのようにして作るのですか?
TiNの薄膜を作るには、以下の2つの方法がよく使われます。
・物理的気相成長法
・化学気相成長法
どちらの技術も純チタンを昇華させ、真空下で窒素にさらすことで実現します。
耐久性はありますか?
TiNコーティングは十分な硬度と温度耐久性を持っているため、効果的に摩耗を防ぎ、全体的な摩耗を減らすことができます。コーティングされていない材料と比較して、材料の寿命を最大7倍向上させることができます。
TiNコーティングのコストはどのくらいですか?
小さな工具(たとえばポケットナイフ)であれば、コーティングの厚さや大きさ、基材の種類にもよりますが、2ドルから200ドル程度です。また、5cmの303ステンレス鋼であれば、コーティング費用は合計で20ドルになります。
TiNは磁気を帯びていますか?
大量のTiNは磁性を示しませんが、欠陥工学【欠陥の記録、分類、
活用を通じて品質管理活動全般へ貢献する】によって得られたTiNのナノ構造は、明らかな動的透磁率と静的強磁性の両方を持っています。研究者は、組成と微細構造の欠陥が電磁特性に大きな影響を与えると考えています。
TiNコーティングは人体に安全ですか?
いくつかの研究では、TiNコーティングの生体適合性は良好であり、悪影響はないと結論づけています。接合用インプラントのコーティングに使用されるような非常に薄いTiNの層(10~100ナノメートル)は、ヒトの脂肪細胞がこれらの層によく付着する、という良い結果をもたらします。