「ABS」は、Acrylonitrile Butadiene Styrene【アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン】の各原料の頭文字で命名された素材で、非常に硬い熱可塑性の非晶質重合体です。汎用性が高く、様々な製造業で使用されています。
ABSは、生産コストが低く、加工性に優れ、ユニークな特性を持っているため人気があります。この種のエンジニアリング・プラスチック【100℃以上でも機械的性質や寸法安定性があまり低下しない熱可塑性樹脂】は、特定の温度以上になると柔軟になり(または成形可能になり)、冷えると硬くなるため、特に3Dプリンターにおいてとても有用です。
ABSの物性
化学式: (C8H8-C4H6-C3H3N)n
平均密度:1.07g/㎤
引張強度:43MPa
耐熱性:110ºC
融点:200℃
ABSは何でできている?
ABSは3つの単量体を含みます。
1. アクリロニトリル:アンモニアとプロピレンから合成されます。無色透明の揮発性液体で、ニンニクのような刺激的な臭いがするのが特徴です。この単量体は、ABSの耐薬品性と高温での安定性を高めます。
2. ブタジエン:合成された無色のガスで、軽度の芳香族臭があります。ブタジエンには消費者向けの用途はありませんが、様々な重合体を製造するための単量体や化学的中間体として使用されています。ABSにおいては、この成分が靭性と衝撃強度に寄与しています。
3. スチレン:合成された無色の液体で、蒸発しやすく、甘い香りがします。プラスチック、パイプ、グラスファイバー、ゴムなどの製品を作るために、毎年何十億ポンドも生産されています。ABS重合体に加工性と剛性を与えます。
黄色のABS顆粒
ABSは、アクリロニトリルとスチレンをポリブタジエンの存在下で重合して作られます。その割合は、スチレンが40~60%、アクリロニトリルが15~35%、ブタジエンが5~30%です。これにより、ポリブタジエンの大きな鎖と、ポリ(スチレン-co-アクリロニトリル)の小さな鎖が交差している状態になります。
ABSの物理的・化学的特性
ABS重合体の特性の多様性は、様々な業界での人気に大きく貢献しています。
たとえば、ABSは驚異的な引張強度を持ち、化学的な腐食や物理的な衝撃にも強いため、最終製品は過酷な使用や外部の悪条件に耐えることができます。また、融点が低いため、3Dプリントや射出成形の工程で容易に使用することができます。
この重合体は、成形、研磨、加工が容易です。完成した製品は光沢のある表面仕上げで、接着や塗装が可能です。ABS樹脂は色を吸収するため、プロジェクトの仕様に合わせて正確な色合いに染めることができます。
ABSは何度も熱したり冷やしたりすることに耐えられるので、リサイクルに適しています。また、電気や熱の伝導率が低いため、電気絶縁保護が必要な製品にも使用することができます。さらに、耐衝撃性が高く、衝撃を効果的に吸収することができます。
誘電率:2.7~3.2
絶縁耐力:15.7~34kV/mm
ABS樹脂は、濃リン酸や塩酸、水酸、アルカリ、植物油や鉱物油などに耐性があります。
それでも、濃硝酸や濃硫酸には侵され、芳香族炭化水素や氷酢酸には膨潤します。 また、塩素系溶剤やアルデヒド類には弱く、ケトン類やエステル類には容易に溶解します。
ガンマ線耐性:良好
紫外線耐性:悪い
ABSは、他の素材との混合が容易で、高品質でありながらコストパフォーマンスの高い様々な製品を製造することができます。
ABSは無害な熱可塑性プラスチックです。安定しており、発がん性物質も含まれていません。ABSに触れたことによる深刻な健康被害はまだ報告されていないため、レゴや玩具を作るのに安全なプラスチックと考えられています。
ただ、いくつかの制限事項はあり、医療用インプラントの製造には適していません。
制限事項
他の素材と同様、ABSにも欠点があります。融点が低いため、医療用インプラントや高温用途には適していません。また、完全に保護されていない限り、紫外線にも耐えられません。
ABS樹脂は燃焼すると大量の煙を発生し、大気汚染の原因となります。ABSの燃焼や熱分解では、一酸化炭素やシアン化水素などの有害物質が発生します。
ABSが太陽光に耐えられないことが原因で、1995年に米国史上最も高額な自動車リコールが発生しました。この不具合は、シートベルトのポリマー製リリースボタンの劣化と破壊が原因で、840万台以上の自動車に影響を与えました。
幸いなことに、こういった限られた欠点があっても、ABSは何千もの様々な用途に効率的で高品質な製品を提供することができています。この最高性能の熱可塑性プラスチックには、それでもなお様々な利点や用途があるのです。
マシングレードABS
ABSには様々なグレードがあります。しかし、構造部品を正確に加工するためには、マシングレードのABSが望ましいでしょう。
なぜなら、フライス、ドリル、ソーイングなどの従来の加工方法で簡単に加工することができるからです。このグレードは、顧客の要望に応じて、主にロッドとシートで提供されます。
様々な色のABSのロッド
一般的に、ABSのロッドは長さ8フィート【約244㎝】、幅6インチ【約15㎝】です。ABSのシートには2つの形態があり、圧縮成形品(厚さ4インチ【約10㎝】まで)と押出成形品(成形品よりも厚さの許容範囲が広い)です。
用途
ABSは、様々な産業や商業分野で使用されています。そのユニークな特性から、電気製品、自動車、玩具、スポーツ用品など、幅広い産業分野で優れた基材となっています。
現在、6,000種類以上のABSグレードが販売されており、様々な家庭用品、家電製品、電子機器、自動車、パイプ、ホース、継手などに使用されています。
具体的には、楽器、ゴルフクラブのヘッド(衝撃吸収用)、保護用ヘッドギア、サポートブロック、パイプ(廃液、排水、パイプジョイントを含む)、自動車のボディ、ホイールカバー、レゴブロック、玩具、キッチン用品などの軽量成形品に使用されます。
ABSは、特定の安定剤を加えれば、コスト効率が高く、耐久性に優れた屋外用筐体になります。また、直径1μm以下のABS素材は、一部のタトゥー用インクの着色剤として使用されています。
ABS筐体
ABSは、最も一般的な3Dプリント素材のひとつでもあります。ABSの連続フィラメントを使用する一般的な3Dプリントの過程であるFused Deposition modeling【熱溶解積層法】で使用されます。
ABSの3Dプリントは安定性が高く、研磨、接着、充填、塗装など、様々な後処理に適しています。ABSフィラメントには、ABS-FR(難燃性)とABS-ESD(静電放電)の2種類があります。これらは、静電的に敏感な部品や耐火性のプレハブ部品の印刷に使用されます。
市場規模
2020年、ABSの世界市場は259億5000万ドルとなりました。Global Market Insights社の報告書によると、この数字は2021年から2027年にかけてCAGR【年平均成長率】 6.3%で増加すると予想されています。
電子レンジ、洗濯機、乾燥機などの家庭用電化製品の需要が高まり、消費者の電化製品に対する支出が増加していることが、このビジネスの成長を後押ししています。
自動車業界では、ABS樹脂の使用が大幅に増加しています。また、排出ガス削減のために自動車の軽量化を求める規制も、ABS産業の成長を加速させる要因となっています。
全体として、北米と欧州では家電製品と自動車市場がABSの需要を牽引し、中国、インド、インドネシアではエレクトロニクス分野が主な牽引役となり、次いで自動車分野が続くと予想されます。
また、ABSはプラスチックシートやパイプ、継手などにも広く使用されています。材料科学の進歩と、強度を向上させたABS合金などの製品イノベーションにより、製品開発が推進されています。さらに、耐薬品性、優れた機械的特性、設計の柔軟性は、様々な最終用途産業におけるABSの範囲を促進するでしょう。