・研究者たちが、経済が大きな混乱にどのように反応するかを予測する新しい方法(古典物理学から派生)を提案。
・既存のすべての計量経済学的予測システムを凌駕する。
危機発生時の経済を理解することは、最も複雑な課題のひとつです。これまでのところ、現代のマクロ経済学に基づく理論は、前回の大不況【2008年のリーマン・ショックに端を発したアメリカ国内の深刻な景気後退】を予測することができず、その長期化も回復速度も予測することはできませんでした。
これらの理論は均衡を前提としており、全体的な均衡を示す価格につながる需要と供給のバランスによって特徴付けられます。しかし、この危機は、相互依存、伝染、ネットワーク、相互作用、信頼によって発生し、これらの均衡の仮定を不合理なものにしてしまいました。
このたび、Complexity Science Hub Vienna(CHS)【ウィーンを拠点とする複雑性科学研究組織】の研究者たちは、古典物理学から派生した、均衡を失った経済に対するショックの影響を計算可能にする新しい方法を提案しました。ネットワーク化された生産システムの非平衡特性としてのレジリエンス【回復力】に着目し、産業連関の経済のための線形応答理論を開発したのです。
この新手法は、既存の経済モデルに多くの点で付加価値を与えます。
レジリエンスの測定
各国の経済は、複数の産業の輸出入に依存しています。この新しい技術では、これらの相互依存関係を新しいデータセットで収集し、その国の様々な生産部門が混乱にどのように反応するかを計算することができます。
例えば、研究者たちは、貿易戦争のようなショックに対して、経済のどの部分がより脆弱であるかを分析します。このようにして、経済のレジリエンスを判断するのです。
反響のモデル化
次のステップは、世界の特定の地域で発生したショックが、世界全体の生産にどれだけの影響を与えるかを定量化することです。ショックに対するアウトプットをモデル化することで、2008年の不況がなぜあれほど長引いたのか、といった重要な疑問に答えることができます。
ショックは、単に蒸発するのではなく、システム全体を貫く波を発生させ、その相互依存的なつながりのひとつひとつを辿っていきます(これは、静かな池に石を投げるのに似ています)。研究チームは、経済のすべての部門がショックを消化するのに通常6〜10年かかることを発見しました。
予測を立てる
この新しい奇抜な技術を使って行った予測は、検証することができます。研究チームは、2000年から2014年の間の、先進国43カ国における56部門の産業連関データを集めました。
この膨大なデータセットを使って、2008年の景気後退の余波に関連する経済予測の精度を検証しました。その結果、この手法は、既存のすべての計量経済学的予測システムを凌駕することが判明しました。
また、ドナルド・トランプが2018年【大統領時代】に発動したEUのアルミニウムと鉄鋼に対する新関税の影響も計算しました。このモデルでは、勝者と敗者を見つけることができました。ドイツでは、倉庫業、陸上輸送、電力生産が減少を示す一方、自動車産業は一貫して生産量の増加を示し、関税による損失を補っています。
今後の研究では、世界のあらゆる場所で起こりうる、あらゆる種類のショックのシナリオを(現実のデータを用いて)測定することを試みる予定です。
物理学から派生した概念
この新しいモデルは、古典物理学の「感受性【影響を受けやすいこと】」という現象にヒントを得ています。「線形応答理論」は、磁性体や電気物質が強い磁場や電場にどのように反応するかを説明するものです。線形応答理論は、材料特性から数学的に導き出されるか、特殊な装置で測定されます。
研究チームは、線形応答理論が産業連関の経済にも適用できることを示しました。材料特性を経済ネットワークに置き換え、経済の感受性とショックに対する反応を計算したのです(電気抵抗の計算の代わりに)。
可視化ツール
経済をよりよく説明するために、研究チームは国や産業部門の複数の依存関係を表示するインタラクティブな可視化ツールを開発しました。すべてのパラメータを変更することができ、異なる国間での効果を素早く確認することができます。