・研究者らが、健康な細胞に影響を与えることなく、ヒトのほとんどのタイプの癌を識別して破壊する、新しいタイプのT細胞受容体(TCR)を発見した。
・これは、「万能」の癌治療の可能性を高めるものである。
従来の癌治療法には、手術、化学療法、放射線療法があります。また、特定の分子変化によって活性化し、癌細胞を標的とする薬物療法である標的療法も、過去20年の間に進化してきました。
ところが、ここ数年で、癌治療の「第5の柱」が登場したのです。それは免疫療法と呼ばれるもので、腫瘍を攻撃するために患者の免疫システムを強化するものです。
最も有望な免疫療法のひとつがT細胞療法で、免疫細胞を除去して改変させ、患者の血液に戻すというものです。この改変された細胞が癌細胞を探し、破壊するのです。
CAR-Tと呼ばれる最も一般的に使用されている治療法は、患者ごとに個別化されています。しかしながら、CAR-T療法は、多くの種類(そして大多数)の癌に対して成功を収めたことは証明されていません。
最近、イギリスのカーディフ大学の研究者たちが、健康な細胞に影響を与えることなく、ヒトのほとんどの種類の癌を識別して破壊する、新しいタイプのT細胞受容体(TCR)を発見しました。
【用語の説明】
・T細胞:血液中を流れている白血球のうち、リンパ球と呼ばれる細胞の一種
・T細胞受容体(TCR):内在性膜タンパク質の複合体であって、抗原に反応してT細胞を活性化する
どのように機能するのか?
TCRは、体内の正常細胞や様々な癌細胞の表面に存在する分子を識別します。また、癌細胞と健康な細胞を区別し、癌細胞のみを破壊することができます。
従来のT細胞は、他の細胞の表面をスキャンして異常なタンパク質を見つけ、癌細胞を除去します。しかし、「正常な」タンパク質のみを含む細胞については無視します。
スキャンシステムはヒト白血球抗原(HLA)を識別します。HLAはヒトの免疫系の調節に関与する細胞表面タンパク質です。しかし、HLAは人によって大きく異なるため、科学者たちは、ほとんどの癌細胞を標的とすることができる単一のT細胞ベースの治療法を作り出すことができませんでした。
今回、研究チームは、個人差のないMR1という単一のHLA様分子を用いて、複数の癌の種類を識別するユニークなTCRを発表しました。
研究チームはこの新しいTCRを、ヒト免疫系とヒト癌を持つマウスでテストしました。その結果、健康な細胞を傷つけることなく、血液、肺、卵巣、乳房、前立腺、皮膚、肺、腎臓、結腸、骨、子宮頸癌の細胞を死滅させることに成功したのです。
この新しいTCRは、患者のHLA型に関係なく、患者自身の癌細胞を死滅させるだけでなく、他の患者の癌細胞も死滅させることができました。
【新しいT細胞はどのように機能するのか?】
ステップ1:新しいTCRが癌細胞表面のMR1に結合する
ステップ2:TCR結合によりT細胞の攻撃が開始される
ステップ3:癌細胞が死滅する。T細胞は自由にパトロールし、他の癌細胞を殺す。
このように幅広い癌の特異性を持つTCRが見つかったことは、重要な画期的出来事です。これによって、「万能の」癌治療が実現する可能性が高まったのです。数年前までは、このようなことが可能になるとは誰も思わなかったでしょう。
次の課題は?
研究チームは現在、TCRが癌細胞と健康な細胞を区別する分子メカニズムを研究しています。また、この新しいTCRで改変されたT細胞が癌細胞のみを識別することを確認するために、様々なテストを行っています。
すべてが計画通りに進めば、患者を対象とした臨床試験はおそらく今年末までに開始されることになります。それでも、この先には多くの困難が待ち受けており、この新しい治療法が市場に出回るまでには数年かかるでしょう。