・研究者らは、銛(もり)のメカニズムを用いて世界最速の分子マシンを開発しました。
・これは、生物学において最も速いモータータンパク質であるミオシンの4000倍の速さです。
・これらの人工マシンは、ATPの合成やDNAの複製など、生命にとって不可欠な作業を行うことができます。
今日のナノテクノロジーにおける大きな課題の一つは、分子スケールでの動きの制御です。そのため、外部からの刺激に反応して特定の機能を果たすような、機械的に連動した分子構造の開発が進められています。
そのような分子の中で最も探求されているのがロタキサンです。ロタキサンは、環状のマクロサイクルとその中に通された「ダンベル型分子」から構成されています。
ダンベルの端(ステーション)がリングの内径(マクロサイクル)よりも大きいので、マクロサイクルとダンベル型分子は共に熱力学的に閉じ込められています。この2つを解きほぐすには、共有結合を大きく歪める必要があります。
ワイヤー内を移動するリング
ロタキサンに関する研究の多くは、人工的な分子マシンとしての利用に重点を置いています。これらの機械は、ATPの合成やDNAの複製など、生命維持に不可欠な作業を行うことができます。
ロタキサンのリングは、ワイヤーの一方の端からもう一方の端まで移動することができます。しかし、リングの滑り方に特定の方向性はなく、ワイヤーの上をランダムに移動します。
この10年間で科学者らは、ロタキサンをベースにした分子モーターの開発に成功しました。また、改良を加えたことで、ロタキサンのステーションを光の力で化学的に変化させてリングを引き寄せることもできるようになりました。
現在では、適切な波長の光をナノメートルの長さで点滅させることによって、リングをあるステーションから別のステーションに移動させることが可能になっています。
しかし、分子マシンはまだまだ発展途上です。現在の技術では、リングの移動に時間がかかりすぎてしまうのです。
例えば、光を点滅させることで特定のステーションの引力をより強くすると、リングは自発的に出発点のステーションを離れてワイヤーの上をより強い結合力を持つステーションに向かって移動していきますが、目的地に到達するまでにはかなりの時間がかかります。特に、ワイヤーが長い場合はより長い時間がかかります。
銛のメカニズム
今回、アムステルダム大学の研究者らは、終着点のステーションがリングの方に移動してくる分子マシンを開発しました。この、いわゆる銛のメカニズムでは、強い吸引力を持つ終着点のステーションがワイヤーを変形させ、リングをつかんで、目的地に向かってワイヤー上を引きずります。
この機構により、リングがあるステーションから別のステーションに移動するのにかかる時間が大幅に短縮されました。研究者らは、世界で最も速い分子シャトルを作ることに成功したのです。
研究者らは、まず紫外線の短いパルスでリングの動きを誘発し、次に赤外線のパルスでリングの動きを追跡して分子シャトルの速度を測定しました。
リングは、30ナノ秒で1ナノメートルの距離を移動しました。これは3cm/秒に相当し、生物学において最も速いモータータンパク質で筋肉の収縮を司っているミオシンの4000倍の速さです。
今後の課題は、この人工モーター分子を連携させて生物の複雑な機械を模倣することで、生命維持に必要な作業を行えるようにすることです。